2023年も終わりを迎え、努力する習慣が大切だと感じるこの頃

考え方
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ブログの更新も今年最後となります。

皆さんは年末をどのように過ごされているでしょうか。

炬燵に籠ってテレビを見ながらみかんを食べる、年末シーズンの休みを利用して旅行に行くといった過ごし方などあるでしょう。

去年の年末は家族が某ウイルスに罹患してしまい、落ち着いてゆったりと過ごすことが叶わなかったので、今年は無事に過ごせそうです。

さて、僕は2023年の年始に今年に限らず毎年のようにやっていることではありますが、今年の抱負や目標として達成したいことやりたいことはなんだろうかと考えます。

ぼんやりとしたものから具体的なものまで様々ではありますが、とにかく今年達成したいこと叶えたいことを掲げています。

1年の始まりというちょうどよい区切りから物事のスタートを切るには絶好の機会ですが、抱負や目標が具体的にどのような段階を踏んで実現していくかという計画にまで落とし込むことはあまりありません。

そのため、願望のまま達成することもなく年末を迎えてしまい、1年を振り返るタイミングで今年も達成できなかったなと感慨に耽り来年こそは思い立つわけですが、そんなモチベーションも長くは続かず同じことを繰り返しています。

たとえその一部達成できたとしても、どうしたら叶えることができたのかと振り返ったりすることはなく、当初の予定まではできていないという事実を認識するのみである。

今年に立てた目標は完全に達成できたと言えるものはないけれど、まったく触れることのないまま過ごしてしまうという事態は避けられたので及第点としておきます。といっても行動に移すことができたのは、半年以上経ってからの話ではあるのですけどね。

計画に落とし込んで具体的に何をする必要があるのかある程度決めておかなければ、いざやろうと意気込んだ際にどうしていいのか分からない。

目標に向かって進みたいという気持ちが空回りしてしまい、やりたいこととその前に何をするか決めなければならないこととが一致していない心理状態になっている。

普段とは異なる過ごし方をするとストレスを受けるため、普段と変わらない行動を取ろうとします。ネクストアクションが決定していなければ結局、慣れている行動・楽な過ごし方をしてしまう。

目的を果たすためにすべきことが分からないまま把握できずにいるとそもそも計画を立てるなんてことが難しい。まずは何が必要でどうすればいいのかを知ることがスタートラインになる。

計画にまで落とし込まないということは、目標を掲げたとしてもそんなに達成したくないことであるとか、達成するために必要になる時間をかけたくない、達成するための能力があるわけではないから努力したくないなどということの裏返しであるとも言えます。

結果を出している人をテレビやsns、身近で知ったときにその分野の才能があったのだという一言で片付けてしまいがちになる。努力の結晶の形として輝かしい瞬間を目にした時、これまでに相当な努力を積んできたことなんて微塵も考慮しない。

能力に個人差があることは認めつつも、それだけではないということは頭の片隅にあっても才能のせいにして仕舞えば楽なのだ。

成功の裏にある努力から目を背けることによって努力をしていない自身の正当性を保とうとしている。才能があるから成功できる、才能がないと成功できないと信じることによって、現状は何も変わらないけれど救われる。

どちらにしても努力するということは必要不可欠ではあるにも関わらず、努力することから逃れるために才能を言い訳にしている。

よりよい人生を歩もうとするならば、才能の有無を意識することなく努力をして環境を少しずつ変えないことには始まらない。

努力するのは時間も投資しなければならないし、それだけの労力もかかるため辛くて大変だからできればしたくないことだ。努力することによって得られる経験や継続、忍耐力が手に入らないとしても、努力した末の結果を手に入れられるのなら、いろんなことをいくらでも試すことができる。

しかしながら、現実はそう甘いことできておらず、目標を叶えるには持っているリソースを割り当てる必要があって、上手くいく上手くいかなかったと判明するまでも一定の期間を要する。

人によって能力に差があるために分野ごとに得意不得意はあって、やってみる前から判断することは不可能であるから自分がやってみたいこと、叶えたいことであるなら努力するしかない。

僕は近頃努力していることに意味があるんじゃないのかと思うようになった。たとえ失敗しても挑戦することができるだけでも十分な価値になる。努力すれば全てが上手くいくなんてことはないが、失敗したという体験も無駄にはならず次の挑戦のハードルを下げ次の挑戦へと動き出す原動力とすることができる。

他人の成功を素直に喜ぶことができず才能があったのだから成功して当然だと言い訳し、不平不満をばかり並び立てて変わらない現状を後悔したくはない。

努力すれば失敗する後悔が、努力しなければ何もしなかったという後悔がある。前者には成功する可能性があるけれど、後者は成功する確率は0%だ。

新年を迎えたのだから夢は大きく、非現実的な目標を立ててもいいけれど大きい目標であるのなら少し分解して達成できる目標を立てた方がよい。目標のために計画を立てて実行していく能力を獲得することにつながるため変化を自ら起こしていくことができるようになる。

人の生活はこれまでの経験をもとに成り立っているために、努力しなければ努力しない過ごし方を続け、コンフォートゾーン(居心地のよい環境)に留まるから成長を得るのが難しい。

自信がやりたいことに才能はないかもしれない。たとえそうだとしても、現状に不満がある、また成長したいと考えているなら、個々人の能力について意識から除外して努力しよう。

以上、努力しろと僕自身に言い聞かせるための記事でした。

似た境遇の人が共感してくれ、考え方に影響があれば嬉しく思います。

それではまた来年

よいお年を!

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